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Kindleは自費出版本業界の闇を可視化した?

2020/01/08

ここ一年くらい、AmazonでKindle本をよく買います。

元々蔵書が多くて物理的保管場所の確保が難しくなってきたので、Kindleで買える本はKindleで買うようになりました。

そうしますと、Amazonで表示される普通に一般流通している本と自費出版本が混ざって表示されて「・・・邪魔だなぁ(小声)」となるというお話。

自費出版本業界の闇

自費出版本というのはなんともデリケートな種類のものです。

基本的には出版社が「この作家の書いたものは売れるだろう」と見込んで作家を育てつつ「商業的利益を目指して」出す一般流通している本とは趣を異にします。

えーとなんというか・・・まぁ、うん、そのー「求められていない自己主張」の世界です。

老人になっていく中で自分の自伝を出したい、といった気持ちを持つ方は昔から一定数いるわけでして、そうした方々をカモにするお行儀のよくない出版社との経済的トラブルは定期的に問題になってニュースになります。

書店には売ってないんだけど、身内だけで回っている不思議な自費出版本というのは私達の目の触れるところに集まることはないけど、確かに世の中に存在しております。

学生さんが就職活動中に訪問した会社から「これウチの社長が出した本なんです」と配られたりしますよね。

どう扱ったらいいのか困るアレです。

Googleという容赦無い選別システム

ネットができて誰もが気軽に情報を発信できるようになりました。

パソコンどころかスマホ一つでブログは書けますし、TwitterもFacebookもあるし、小説を発表できるサイトもあります。

マンガだってpixivやTinamiがあるし、動画もYoutubeやニコ動で手軽に発表できます。

自費出版本という「どう扱ったらいいのか困るアレ」的なものは、Googleの検索エンジンや投稿型SNSの評価システムが容赦なく選別を行ってくれます。

「どう扱ったらいいのか困るアレ」的な人間の内面も、インターネットは「気に入らなければブラウザのタブを閉じれば済むもの」として飼い慣らすことに成功しました。

そんな中でAmazon Kindleは王政復古、反革命、原理主義とも言える暴挙に出ました。

「どう扱ったらいいのか困るアレ」の電子自費出版本を一般流通本と並べて売り出すという迷惑な(小声)所業。

電子書籍であっても編集者は必要

Amazon Kindleに並んでいる自費出版本を見ると「編集者の必要性」というのを改めて思い知ります。

出版社が出している紙の本というのはそれなりにきちんと一冊本を書ける人が、何度も校閲を受けてしっかりとした時間をかけて作っているものなんだと再確認できます。

「これ本当にお金を出して買ってもらえると思っているのだろうか?」と感じる自費出版本群の雑だったり見てくれが悪かったりする表紙の数々。

装丁デザインの意味や存在意義を思い知ります。

Facebookに書き散らかした文章をそのまま本にしているため、句読点が一切ない本なんてのもありました。

校閲だとか校正以前の問題です・・・。

私の得意分野、漢方のジャンルなんかだと、ある程度ちゃんとした経歴の人が頑張って専門的な内容をわかりやすく書こうとしているものもあるにはありました。

ただ、やっぱりプロの編集者のチェックを経ていないと構成であったり、専門的な内容のバランスだったりが歪なため、ビミョ~な出来になってしまっていたりする。

編集者の内容的なチェック、Googleによる機械的なコンテンツ選別の洗礼も受けていないものがAmazonの商品一覧に並ぶ図はなんともいえないフレグランスを醸し出します。

同人誌の様式美

あの無秩序ぶりを見ると、逆に日本の漫画文化、同人誌文化というのはやはりそれなりに洗練されているのかもしれない、とも思います。

絵の巧拙、マンガ自体の面白さのレベルの差はあっても、作り手の間に同人誌やマンガの「様式美」や、スタイル、フォーマットに対する共通の認識があります。

即売会でお互いの「描いたもの」が並ぶわけですから、自分の描いたものの質も意識せざるを得ない。

けれど、今のAmazon Kindleストアに並んでいる自費出版本を見ているとそうした「様式美」がなく「人に読んでもらう」ことを意識した最低限の配慮すらしていないような状態の「本」と言っていいのか悩むレベルのものも棚に並んでいる状態です。

この電子自費出版本の闇は今後洗練されて豊かな文化の土壌になるのかどうか見守っていきたいところです。

・・・無理だろうなぁ(小声)。

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